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介護に正解はない ≪施設長 樋口≫

先日のブログでも少し触れましたが、

コロナ禍でずっと開催できなかった敬老お祝い会を、ようやく開催することができました。

今回は久しぶりのイベントということで、実行委員長を介護職のスタッフにお任せしてみたのですが、なんだかんだで大盛り上がりでした

職員の手品も登場し、クイズには景品もあり、利用者さんもスタッフも楽しめた良い会になりました。

当日は職員みんなが協力してくれて、本当にありがたかったです。

やっぱり、みんなでつくるイベントっていいもんですね。

 

さて、本題。

「介護には正解がない」

このフレーズ、どう思いますか?

現場にいると、これはもう実感しかないですよね。

私も思います、ほんと正解なんてないです。

高齢者お一人おひとりに、それぞれの人生があり、性格があり、身体の状態がある。

ADLも違えば、認知症の症状や病気、育ってきた環境だってバラバラ。

「食事介助」だって、好きなメニューかどうかで食べるスピードが全然違ったりしますし、

「排せつ介助」も、トイレ・オムツ、時間、人によって違います。

同じ「声かけ」でも、誰が言うか、どう言うかで反応はまったく違いますよね。

嫌われてる職員、好かれてる職員、どの施設にもいますし。

そして僕ら介護職だって、経験も体力も、得意分野もバラバラ。

マニュアルはあるけど、「これが正解」と断言できるケースはほとんどありません。

だからこそ、大事なのが「考える力=思考」です。

「この方には今、どう関わるのが一番いいんだろう?」

「昨日ちょっとうまくいかなかったから、今日は声かけを変えてみようかな」

「うまく移乗介助ができなかったから今度は違う介助方法でやってみよう」

そんなふうに、日々考えながら動くこと。

これこそが、僕たち介護職の仕事の本質だと思っています。

たとえば

食事を食べない利用者さんがいたとして、時間だからと下膳してしまう。

昼夜逆転しているから、すぐに睡眠薬を処方してもらう。

介護拒否が強いから、すぐに向精神薬をお願いする。

それも対応のひとつかもしれません。

でも、「とりあえずそうしてる」なら、それは思考じゃなくて、ただの作業です。

僕らは「考えるプロ」

現場は忙しいし、時間に追われる毎日。時にはルーティンに流されそうになる。

でも、「この対応で本当にいいのかな?」と、立ち止まって考えることが必要です。

ルーティン化は、思考停止のはじまり。だから意識しなきゃいけない。

介護に正解がないからといって、「考えなくていい」わけではありません。

むしろ、正解がないからこそ、考え続けることが求められます。

もちろん、正解がない仕事って不安もある。

でも逆にいえば、自分で考えて試してみる自由がある。

実は介護って、ものすごくクリエイティブな仕事。

認知症ケアは、「これどうかな?」「この方法はどうだろう?」の繰り返し。

その中である日、「うまくいった」「いい反応があった」という瞬間が生まれる。

その小さな成功を積み重ねていくと、それはやがて大きな“スキル”になります。

介護は、正解がないから難しい。

でも、正解がないからこそ奥が深い。

だから、面白い。

たしかに、この「奥の深さ」に嫌気がさして、

毎日ただの“作業員”になってしまう人もいますし、

「勉強しなくてもなんとかなるっしょ」ってスタンスの人も、正直どこにでもいます。

でもやっぱり、「思考」と「認知症介護」って、介護職としてのプロフェッショナルな部分だと思うんです。

ここに自信がもてるようになると、介護の仕事ってもっと面白くなるし、もっと楽しくなる。

「正解がない介護」は、言い換えれば、

「考えることで面白くなる介護」。

ご存じのとおり、毎日なにかしら起こる仕事です。

だったらその“何か”を、発見とか学びに変えていったほうが、自分にとってもプラス。

それに、どうせならイライラしたり性格の悪い自分より、

ちょっとポジティブな自分の方が好きだし。

今日のケアがうまくいくかどうかは分からない。

だって相手は認知症の方。毎日がサプライズ。

でも、「考えること」は、きっと誰かのためになる。

そしてそれは、自分の力にもなっていく。

さあ、明日もどうせ正解なんてないんだから、

目の前にいる、その人にとっての「最善」を探す日を。