ため息 ≪施設長 樋口≫
私には自慢がある。
生まれてこの方、ため息をついたことがない。
誰もが落ち込んだ時に「はぁ」と出てしまう、あのため息だ。
順風満帆な人生を歩んでいるからではない。
悩みは腐るほどある。本に出来そうなくらいだ。
それでもため息はついたことがない。
自慢だ。
しかし、時に思いかけず大きな吐息が漏れることがある。
居合わせた人は「大きなため息」と言う。
私は必ず「違うよ、今のは深呼吸だよ」と返す。
効果が同じで発生源はともに私だ。
呼吸ひとつの名称なんか自分で決める。
人の幸せが呼吸の名称で損なわれてなるものか。